良い意味の“依存”?見知らぬ土地でケンカで、ふと思ったこと

恋愛でお互いに“依存する”ことに対して、ちょっぴり違和感があった私。彼氏がいないと自分の足でたつことができない!彼氏が途切れたことがない。そんな女性に出会うと恋愛に対して、そこまでのめり込んだ経験ないな〜なんて、思うことがありました。

一人時間を過ごすことがとても好きな私は、カップル同士で“依存する”という気持ちが分からず、個々がそれぞれ自分のライフスタイルを作っていて、それを一緒に尊重して行くことができるのがパートナーの理想論だったのです。しかし、見知らぬ土地でちょっとしたことからケンカをしたことがありました。

一緒にカフェでのんびりしていた時に、些細なきっかけで言い合い(?)になり、「もういいよ、店を出よう」とダーリンに言われたけれど、私は一緒に出るのをやめて「ここに残る」と言いしばらく頭を冷やす時間を作ることにしたのです。これが自分の生活環境の日本だったら、何も言わずに一人で家に帰っていると思いますが、そうにもいかず……(だって、ここは見知らぬ土地。かろうじで、宿泊先までの道のりは覚えている程度)。

なんだか心が潤った気がした

結局私ができる細やかな抵抗は、ちょっぴり遠回りして遅く帰ることだけでした。なんだか遣る瀬無い気持ちと、悔しさ半分、不甲斐ないモヤモヤとした心がつきまといながら、ふと頭によぎったのは「だって、帰る場所ないもん」という“依存”。一人暮らし歴7年?ほどだった私は、一人で行動することに慣れていて、誰かとケンカしたところで別に私は帰る場所がある。な〜んて、ちょっとドライな心になっていたのです。

一人で行動できないフラストレーションを抱えながら、ダーリンのいる場所へ戻る途中気づいたこと。それは、カップルの“依存”は、良い意味で捉えたら必要な要素なのでは?ということでした。なぜなら、その“依存”があることで、他人同士が共存するきっかけになるからです。逆に言えば、その“依存”がなければ、簡単に人との縁を切ることができてしまいます。

必要だから寄り添える

ダーリンがよく使う言葉、「Needy」。僕を必要としてくれるハニーは、とても好きだよと言ってくれることに、最近は素直に甘えることができるようになってきました。ダーリンに出会って間もない時には、もっとツンツンしてたね。なんだか人に力を借りたり、甘えたり、出来ない自分を見せることに対して抵抗すらあった私は、カップルって良い意味で“依存”していることが、相手を受け入れたり折れたりするポイントになりえるのかなって。

その“依存”がどんな小さなことであったとしても、相手を必要と思えることが、赤の他人から大切な人に変化するボーダーラインではないでしょうか。そんなことを感じた、寒空でした。BEY!

次は、どこに行く?


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